『オーデュボンの祈り』

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

伊坂幸太郎という名前を、最近とみに聞く。
テレビで紹介してるのも見たし、雑誌でも特集してた。
なので、読んでみた。
関係ないけど、オタクやマニアといった「その道に通じている人」は、メジャーなものを嫌うらしい。知る人ぞ知る、その人になりたいらしい。
わからんでもないけど――んー、やっぱりわかんない。
おもしろいという人が多いということは、おもしろい確率が高い作品ということだ。なら、それを読めば手っ取り早く楽しむことができるじゃないか。質がよい作品を選ぶ、もっとも確実な方法。
それに、自分がおもしろいと思ったものを多くの人と共有できるというのも、また素晴らしいことだと思うし。
メジャー作品。いいじゃないか。
……こういうのを、ミーハーというのだろうか?


まあ、それはそれとして、作品のほう。
魔がさしてコンビニ強盗をしてしまった主人公が、警察から逃げる途中で目覚めると見知らぬ島にいた。そこは日本本土とはほとんど隔絶された孤島で、住む人々はどこか不思議な人ばかり。そして、しゃべるカカシがいた。カカシは未来のことも知っている。が、次の日、そのカカシが殺された。未来を知っているはずのカカシは、なぜそのまま殺されたのか……。

と、そんな話。
ぶっちゃけ、最初のほうは気持ち悪かった。
『胸の谷間にライターをはさんでいるバニーガールを追いかけているうちに見知らぬ国へとたどり着く、そんな夢を見ていた。』という作品一行目のごとく、リアルな御伽噺の国へといざなわれたのかと思った。
御伽噺をリアルに描く。
それこそ歪んだモノにしか見えなくなる。
その上、その案内役の男は、無邪気だがどこか歪んだ見方をする男。例えば、生まれつき足の悪い男に対して「あいつより俺のほうがマシだ」と言ったり、妻を殺されたせいで狂ってしまった画家に対しておもしろがって妻の話をしたり。
そんな男が主人公のもっとも近くにいて、島と事件を案内する。
悪い夢を見ているようでしたよ。
島の出来事と平行して語られる、主人公の元恋人に迫る危機のほうへの興味だけで読み進めていたようなものでした。
(関係ないけど、主人公の疑問系の使い方も、なんだか気持ち悪かった……「〇〇なんだ?」というの。「〇〇なのか?」と言え)
けど、どこ辺りからだか、よくわからないのだけど。
そんな案内役の彼のことも、別に悪く思えなくなってきた。
多分、片想いしている女にいいように利用されている辺りかなぁ。女にそそのかされて、不良を殴りに行く辺り。
でも、それ以前かもしれない。
島の人たちが、それでも彼を悪く思っていないことが次々と述べられていったところからでしょうか。「彼の両親は殺された」というのが、島の人たちの彼に同情する理由ですが、その理由となったエピソードそのものよりも、登場人物たちが彼に同情していることそのもののほうが、読者である俺に納得をもたらしてくれた感じがする。
不良を殴りに行ったあと、島を回るバスの色は彼が塗ったものだとわかるあたりでは、もう彼に対しての感情はプラスになっていたし。
なかなか興味深い体験でした。


まあ、後半はミステリ的な展開で、十分に楽しめましたが。
うん。おもしろかった。
未来を知る、しかし語らないカカシという不条理な設定を踏まえて、それでもしっかり伏線をちりばめ、解決をもたらす。まあ、実際、主人公もかなりひらめきまくっていたと思うのですが(そしてそれが以前俺がしつこく指摘されていた『直感』と何が違うのか、わからなかった)、それはそれ。綺麗にすべてまとまったラストに胸に残ったのは、爽快感に他なりませんでした。
あぁ。
よかった。
やはりみんなが褒めるものはおもしろい。


あと、途中までこれは夢オチ説を捨てきれなかったのですが、その辺はごめんなさい。しゃべるカカシもそうですが、地面に耳を当てて自分の心臓の音を聞く少女や、市場の店先でずっと動けずにいる女性や、死にゆく人の手を握る仕事の女性や、極めつけは、うるさい悪人を撃ち殺す処刑人*1の青年と、おかしなやつらばかりですから。とても現実とは思えない。
まあ、処刑人はめちゃくちゃかっこいいですが。名前が桜(イントネーションは植物の桜と同じ)で、詩を食べて生きてるんだぜ。

*1:殺人鬼にあらず。人々は彼の殺人を裁きだと認めているのです。あとイメージそのままで恐縮ですが、『野獣は眠らず』とか思い出しました。